Goldwin Play Earth Fund PORTFOLIO INTRODUCTION
Vol.7The Chain Museum
Soup Stock Tokyoの源流は、頼まれてもいない個展にある。
ー「The Chain Museum」のお話の前に気になるのが、なぜアートなのかということ。遠山さんと言えば、「Soup Stock Tokyo」の創業者というイメージが強いです。
遠山:では、まずは少しだけ私の話をさせてください。なぜ「アート」なのかと言えば、社会人になってから、結果としてアートが私の人生の軸になって今日に至っているからです。それは単に油絵のような物理的なものだけではなく、あらゆる活動を含めて、常にアートが転機になってきました。実は、学生時代に少しイラストを描いていて、それが雑誌に取り上げられたことがあったんです。それで気を良くして、自分の中にアートの芽が生まれました。その後、商社に入って10年経った頃、「このまま定年を迎えても自分は満足しない」と思い、33歳の時に個展をやってみたんですね。でも当時、私は絵を一枚も描いていなかったし、誰に頼まれるでもなく無目的に描く、という経験すらありませんでした。そのことに気づかないまま「個展をやる」と決めてしまったんです。
ーすごい決断ですね。
遠山:結局70点も作って、代官山のヒルサイドテラスというすごい場所で展示しました。今思えばありえないことですが、当時は何もわかっていなくて。でも、この「勘違い」の連続が結果として良かった。ここで得た気づきが、今の「スマイルズ(Soup Stock Tokyoを展開する会社。遠山さんが代表取締役)」が大切にしている、「頼まれていない仕事」や「自分事」という考え方に繋がっています。
ーそれが今のビジネスの原点になっていると。
遠山:ええ。自分で発意して形にするのは、企業も一緒だと思って起業したくなりました。それで「ケンタッキーフライドチキン」に出向させてもらったんです。その過程で「スープを飲んで女性がホッとしているシーン」が浮かび、スープ専門店を提案しました。プレゼンの時には、キャンバスに自作のスープのロゴを貼り付けて持っていきました。私にとって、「Soup Stock Tokyo」は一つの「作品」だったんです。
オリジナリティと透明性で勝負する、国内最大規模のプラットフォーム。
ー「The Chain Museum」が手がける、ArtStickerがどのようなサービスなのか、改めて教えていただけますか?
遠山:一言で言えば、「アートのデジタル・プラットフォーム」です。ニュース配信、展覧会や芸術祭のチケッティング、さらにはGPS連動のマップ機能まで備えています。例えば、街中でアプリを開くと、自分の近くで今どんな展示がされているかがパッと表示される。そして最も分かりやすいのが、EC事業です。現在、ユーザー数は約30万人、登録アーティストは3,000人を超えました。現代アートのプラットフォームとしては、国内最大規模と言えます。しかも、私たちは特定のギャラリーに所属するアーティストだけを扱うのではなく、非常にフラットに、多種多様な作家やギャラリーと連携しているのが特徴です。
ーArtStickerには、3,000人のアーティストが登録しているとのことですが、審査もあるわけですよね?
遠山:ええ。我々もプロとして審査はしっかり行なっています。登録いただくアーティストの皆さんとは長期にわたってご一緒していきたいと考えているからです。一方で、私たちが重視しているのは「透明性」です。アートの世界は今でも「価格が非公開」「入金が数ヶ月後」といったグレーな慣習が残っていることがありますが、うちは末締め翌月払いのホワイト企業(笑)。価格も公開しています。
ーアーティストのポートフォリオ機能も強化していきたいとか。
遠山:はい。作家が自分のHPを作る代わりに、ArtSticker上に全作品やインタビューをアーカイブしていく。検索したときに、その人のプロフィールが一番上に出てくる状態を作りたい。いわば「アート版のWikipedia」のような、アーティストにとってもファンにとっても欠かせない資産を目指しています。
ーECでの作品の価格帯について、教えてください。
遠山:あえてビジネス的な言い方をすれば、売れ筋の平均単価は大体10万円前後。もちろん高価格帯も揃えていますが、アートに初めて触れるエントリー層の方々にとっても、非常に手に取りやすい価格帯から高価格帯までいろいろと揃っています。ArtStickerはものすごく「間口が広い」んです。入り口の選び方が多様だし、デジタルならではの様々な切り口から作品に出会えます。
ーエントリー層向けの作品もあり、透明性も高いので、「アートは高いもの」という先入観を壊してくれますね。
遠山:ええ。僕らは業界では後発ですから、従来と同じやり方をしても意味がない。だからこそ、この「ユニークな立ち位置」を大切にしています。例えば、海外の方が日本のアーティストに興味を持って、特定のギャラリーに問い合わせたとしますよね。すると通常、そのギャラリーが抱えている15人程度の所属作家を紹介されて終わってしまう。でも、僕らには登録している3,000人のアーティストがいるし、多くのギャラリーともフラットにお付き合いがある。だからArtStickerという窓口一つで、膨大な選択肢にアクセスできる。このフラットな広がりこそが強みなんです。
ーまさに、世界と日本のアートを繋ぐハブ(拠点)のような。
遠山:そうですね。ECとしては世界を視野に入れていますから、言語対応はもちろん、最近ではドル建て決済も完備しました。海外からアクセスすれば、自動的にドルの価格表記になる。デジタル上のプラットフォームとして、国境も、既存のギャラリーの枠組みも超えて、どこまでも間口を広げていく。それが、ArtStickerの目指す事業のあり方ですね。
四つのギャラリーと現代のオフィスに必須なアートをレンタル。
ーデジタルだけでなく、リアルな拠点としてギャラリーも複数展開されていますよね。
遠山:そうなんです。やはりデジタルだけだと、現物を見たいという欲求は満たせませんから。現在、浅草、六本木、麻布台ヒルズ、京橋の4カ所で、それぞれ個性の違うギャラリーを運営しています。ただし、普通にギャラリーを作っても面白くない。私たちは後発ですから、我々らしさが欲しい。そこで、六本木では台湾料理とアートを融合させたり、京橋では「THE CITY BAKERY」が運営するベーカリー&カフェとギャラリーを同じ空間に同居させたりしています。
ーアート界に「商社出身」の遠山さんならではの視点が持ち込まれたわけですね。
遠山:そうですね。アート業界って、専門性が高い一方で、ビジネスとの距離感が独特なんです。「アートを売るなんて野蛮だ」というアカデミックな文化も大切ですが、マーケットとして作品が健全に流通することも同じくらい重要です。例えばチケッティング。これまで現金払いが当たり前だった時代から、一部の美術館やギャラリーでは、オンライン予約に関してはArtStickerだけ、というシステムに切り替わったところもあります。例えば、「21_21 DESIGN SIGHT」や「鳥取県立美術館」もそうです。デジタル化すれば、お釣りの準備もレジ締めもいらない。外食産業をしているのでわかるけど、営業後に締めたレジで現金とデータに差額があると何度も数え直さなきゃいけなくて地獄なんです(笑)。さらには、どんな属性の人が来たかというデータも取れる。音声ガイドも物理的なものを貸すんじゃなくて、自分のスマホで聴けたらいい。マップ機能と連動すれば、作品が点在している芸術祭とも相性がいいでしょう。これはもう不可逆的な流れだと思っています。
ーもう一つの軸として、コーディネート事業の仕組みも、非常にユニークです。
遠山: 企業向けのアートレンタルですね。これも非常に伸びています。企業が現代アートを買うのはハードルが高いですよね。誰が選ぶんだ、もし社長が気に入らなかったらどうするんだと。だから、私はレンタルもいいと思うんです。経費でアートを取り入れ、半年に一度入れ替える。そうすることでオフィスは常にフレッシュな状態に保たれます。今は「アートくらい置いていないと」という時代。大企業にも、我々のキュレーターがコンセプトを提案し、その会社に最適なアートをコーディネートしています。もちろん作品を借りるアーティストにもレンタル料をお支払いします。よく聞く、美大を出た後の「書く場所がない、保管場所がない、売れない」というアーティストの困難な状況に、継続的な収益をもたらすことができる。まさに「三方良し」のインフラなんです。
ー企業の方々は、一体何を目指して「アートを飾ろう」と思われるのでしょうか?
遠山:コロナ禍以降、オフィスも働き方もウェルビーイングについての視点が重視されるようになったという声を聞きます。ウェルビーイングに配慮されたオフィスを認定する制度に「WELL認証」というものがあるのですが、取得にはアートの導入が必須となっています。
Fundからの出資を受けて、向かう未来。
ーアートとビジネス両方を知っている遠山さんにとって、アートとビジネスはどのような関係ですか?
遠山:よく「アートはビジネスではないが、ビジネスはアートに似ている」と言っています。私がやってきた「スマイルズ」の事業も、決してマーケティングから始まったものではないんです。自分たちがやりたいという「衝動」から始まり、それを世の中に提案していく。これって個展を開くアーティストのプロセスと同じなんです。もちろん失敗もたくさんしてきました。でも、不思議と「失敗した」という意識があまりないんです。例えば、アーティストが10枚の絵を描いて、7枚売れて3枚残ったとする。その3枚を誰も失敗作とは言いませんよね。ビジネスも同じで、たとえ赤字や撤退があっても、自分たちが良いと信じてやり切ったなら、それは失敗ではない。「俺の好きは、みんなの好きじゃなかったか」という、ただそれだけの話なんです。
ー2025年10月には、Goldwin Play Earth Fundから出資がありました。
遠山:GoldwinもCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)として、単なる金銭的リターン以上のものを期待してくれていると感じます。自社の事業にアートがどう介在し、変化をもたらすか。例えば、Goldwinが富山で手がけられている「PLAY EARTH PARK」。上場企業が「プレイ(遊ぶ)」という、一見説明しづらい領域に突っ込んでいく感じがすごくいい。登山やランニングもアートに似ています。「なぜ山に登るのか」という問いに、答えになっていない「そこに山があるから」という名言が生まれるように、一人ひとりの感じ方は、「答え」で消費されるものではありません。
遠山:あとは、これからの時代におけるアートの価値を考えると、この2、3年でAIやロボットがめちゃめちゃリアリティを持って押し寄せてきて、「人の価値って何だっけ?」って普通に思うじゃないですか。我々ビジネスパーソンは、昔は当たり前のように「課題解決」と言っていましたが、課題解決はもう、AIがやってくれる。だから私は今、人の価値を「自分の理由」と呼んでいます。動機とか、興味とか、もっと言えば「自分自身の幸福をどう自ら獲得するか」ということ。これからは主婦でも、中学生でも、誰であっても、一人ひとりが自覚的に「自分の理由」を持たなきゃいけない時代になると思うんですね。
ーそこにアートが寄与できるところがあると。
遠山:「The Chain Museum」のミッション……というか、綺麗に決まりすぎている言葉は苦手なんだけど、あえて呼ぶなら「芸術か生活か」という言葉を掲げています。つまり芸術も生活も、なんですね。どっちも大事だし、どっちも足りない。それをいい形で補完し合いながら、次のゾーンへ行こうぜっていう。今、そんな気持ちでいます。
ーそれが「The Chain Museum」の目指す姿でもあるんでしょうか?
遠山:「The Chain Museum」は、アートをベースにして、ECやギャラリー、レンタルなどいろいろあって、もちろんそういったビジネス上の仕組みも必要ですが、シンプルに言えば、今言ったように、一人ひとりが「自分の理由」を持って、自分の人生を生きていくためのきっかけを与えられたらなと思ってます。
ーではその中で、ArtStickerが注力していくことは?
遠山:ECのさらなる拡大と海外展開です。世界的な調査報告書にもありますが、海外からの日本のアートへの関心はフランスと並んで高い。ArtStickerへの海外からのアクセスも10%を超えてきました。ドル建て決済も完備し、世界中の人が日本の若い才能に直接触れられる場を整えています。また、現在は場や空間をどうにかしてほしいという依頼がたくさんあります。例えば、最近宇都宮近郊の採石場跡地エリアのユニークな建築を、アートと食の複合施設として再生し、YOSHIROTTENの常設作品を設置しました。そういった場所にアート、もしくは一見アートだと認識できないようなものを企画して設置し、ちょっとした気づきになるようなものを仕掛けていって、アートと人の接点を無限に増やしていきたいですね。
Text_Shinri Kobayashi
Photo_Yuya Wada
Edit_Shuhei Wakiyama(HOUYHNHNM / Rhino inc.)